HISTORY 沿革HISTORY 沿革

First Period (1979-1983) わが子が一人でも生きていけるように

1970年代。その頃は知的障がいのある子どもの支援学校すら、全員が通えるものではなかった時代。ましてや、学校を卒業した後に働ける場所などほとんどなく、家族が面倒を見るのがあたり前でした。しかし、一人の母親が立ち上がります。「このままでは、私が死んだら、この子はどう生きていくのだ」と。親なき後もわが子が一人で自立して生きていけるように…その母親の願いから私たちは生まれました。その願いは今も私たちが心に刻み、後世にも伝えるべき大切な原点です。

1979知的障がいのある子どもを持つ親の集まりとして
「ひまわりの会」発足

当時、障がいのある方が働ける環境は、ほとんどなかった時代。障がいのある子どもの支援学校を卒業したわが子が、自分がいなくなった後も自分の力で生きていけるように…そんな親の想いから、P.P.P.の礎となる「ひまわりの会」が生まれました。

知的障がいのある子どもを持つ親の集まりとして「ひまわりの会」発足

通所援護事業
ひまわりの園事業開始

まず最初に取り組んだことが「わが子が安全・安心に時間を過ごすことができる環境をつくり、子どもを支えるために自分が働ける環境をつくる」ことでした。その想いから、P.P.P.BBディスカバリー!のベースとなるひまわりの園の事業がスタートします。

通所援護事業ひまわりの園事業開始

1981知的障がい者授産施設
ひまわりの園開所

次に取り組んだのが「障がいのある方も働ける・活躍できる」ことを世の中に証明することでした。そのために、現在のP.P.P.BBチャレンジャー!、P.P.P.オールスターズ!水島の前身となる授産施設が誕生します。

知的障がい者授産施設ひまわりの園開所

ひまわりの会
「保護者会」発足

子どもを施設へ入れたことに満足せず、「今後も自身が子どもと関わり続けなければ」という想い、そして法人の経営を支え、運営にも協力するという意志を持って、当時のご家族が「ひまわりの会保護者会」を結成しました。

ひまわりの会「保護者会」発足

Second Period (1983-2002) すべての人が等しく「働ける」環境へ

1980年代。知的障がいのある方が働ける環境はほとんどありませんでした。それは、知的障がいのある方に仕事なんてできない…という社会全体の風潮があったから。P.P.P.の前身である「社会福祉法人ひまわりの会」は、親なき後もわが子が一人で自立して生きていけるように…というご家族の想いに応えるため「労働障がいなど世の中に存在しない」ことを証明すべく、この頃から本格的に就労分野におけるさまざまな取り組みを実施します。

1983知的障がい者更生施設
ひまわりの園開所

障がいのある方も社会で活躍できることを証明する…この考え方や理念に共感し、利用希望の声が増加。その希望に応えるため、そして、重度の障がいがある方でも活躍できることを証明するために、P.P.P.BBフリーダム!の前身となる更生施設が誕生しました。

知的障がい者更生施設ひまわりの園開所

1984株式会社キョウセイ設立

障がいのある方の活躍できる場を広げたい…授産施設という限られた場所だけでなく、一般企業での活躍の場をつくり、門戸を広げていくべき。そんなご家族の想いを受け、フラッグシップとなる株式会社キョウセイを設立。多数の障がいのある方の雇用を実現しました。

株式会社キョウセイ設立

1985知的障がい者通勤寮
ひまわり寮開所

社会で活躍する…その意味は働くことだけにとどまりません。地域の中で暮らし、社会生活を実現することも大切。そんな想いから、まず株式会社キョウセイで働く方のための通勤寮「ひまわり寮」を開所。自立した暮らしを実現する第一歩がスタートしました。

知的障がい者通勤寮ひまわり寮開所

1989知的障がい者生活ホーム(単県事業)開所/
知的障がい者地域生活援助事業
グループホーム水島開設

ひまわり寮で培ったノウハウを基に、もっと多くの障がいのある方が地域で自由に暮らせる場をつくることで、彼らが本当の意味で社会で活躍できることを証明したい。その想いから、P.P.P.マンション!倉敷の礎となる共同生活援助事業がスタートしました。

知的障がい者生活ホーム(単県事業)開所/知的障がい者地域生活援助事業グループホーム水島開設

授産施設ひまわりの園
「喫茶ひまわり」開店

障がいのある方が社会で活躍する…というテーマを考えたとき、実際に地域の方々と関わっていく仕事にも挑戦することで、活躍の可能性を広げていくことも大切。そこで、接客という新しい分野にチャレンジすべく、喫茶ひまわりをオープンしました。

授産施設ひまわりの園「喫茶ひまわり」開店

1992知的障がい者福祉工場
キョウセイ開所

株式会社キョウセイの入社希望者が増えた一方、より多くの人を受け入れるためには、事業拡大や働き方の多様化が急務に。そこで株式会社キョウセイを移転・拡大。さらに法人の就労支援として福祉工場を開所。現在のP.P.P.オールスターズ!福田・浦田が誕生します。

知的障がい者福祉工場キョウセイ開所

2000ひまわりの会「保護者会」を
「家族会」に名称変更

親なき後もわが子が一人で生きていけるように…だからこそ私たちは「保護する」のではない。その想いから保護者会を「家族会」に名称変更。さらに利用者の方ご本人も家族の一員として参加できるよう体制変更。当事者参加の考えがより鮮明になった瞬間でした。

ひまわりの会「保護者会」を「家族会」に名称変更

創立20周年記念事業として
「グアム旅行」実施/
社会福祉法人ひまわりの会
創立20周年記念式典実施

当時、障がいのある方が飛行機に乗って海外へ旅行することは夢のまた夢。20年の節目に「記憶に残る思い出をつくりたい」という想いから、1週間という長期旅行を企画しました。総勢300名が参加。今でも「グアム旅行は楽しかった」という声があがります。

創立20周年記念事業として「グアム旅行」実施/社会福祉法人ひまわりの会創立20周年記念式典実施

Third Period (2003-2011) 地域の中で、自分らしく生きるという選択肢を

就労分野では少しずつ知的障がいのある方の活躍の場は増えた一方、2000年代に突入してからも、彼らに向けられる世間からの目は、決して温かいものではありませんでした。「脱走してきたらどうする」「子どもが不安に思う」といった、障がいのある方のことを知らないからこその不安や偏見…そこに立ち向かうために、法人は新たな取り組みを行っていきます。施設の中で守られながら生きるのではなく、自立した一人の人間として、自分の人生を歩みたい…そんな利用者の方の想いに応えるために。

2003ひまわりホームヘルプサービス事業指定

家事の一部だけでもサポートがあれば、一人暮らしもできるのに…そんな利用者の方の想いに応えるため、P.P.P.エスコート!の前身となるひまわりホームヘルプサービスの事業がスタート。さらに多くの人が地域で暮らすという選択肢を選べる礎を築きます。

ひまわりホームヘルプサービス事業指定

地域支援センター開設

より多くの障がいのある方が地域で暮らせるよう、グループホーム運営・支援を強化すべく、専門チームとなる地域支援センターを開設。さらに地域生活を行う上で、不安や悩みに寄り添えるよう、現在のP.P.P.コンシェルジュ!につながる相談支援をスタートします。

地域支援センター開設

2004授産施設ひまわりの園
スワンベーカリー倉敷店オープン

当時、知的障がいのある方の平均月給は1万円前後。これでは地域で自由に暮らすことは難しい…その状況を打破すべく、新規事業を模索していた中、就労で自立できる仕組み・事例を東京で発見。すぐさま東京まで赴き、取り入れたのが「スワンベーカリー」でした。

授産施設ひまわりの園スワンベーカリー倉敷店オープン

2006知的障がい者通所授産施設
児島自立支援センター開所

当時児島地区には事業所がなく、児島地区で過ごしたいという利用者の方のニーズに応えきれない現状がありました。その選択肢を広げるべく、反対していた地域の方と何度も協議を繰り返し、P.P.P.プラットフォーム!児島の前身となる自立支援センターが開所します。

知的障がい者通所授産施設児島自立支援センター開所

2008障害者自立支援法に基づく新体系に移行

従来までは行政からの指定で利用するサービス・事業所を決められていましたが、法改正により、利用者の方やご家族がご自身でサービス・事業所を選べるように。私たちも法改正をうけ、利用可能なサービスの選択肢を充実させ、利用者の方やご家族一人ひとりにあったサービスを提供するために新たな体系に移行しました。

障害者自立支援法に基づく新体系に移行

2010「NPO法人こうけんひまわり」法人認可

利用者の方が自分自身でサービスを選べるようになった一方、そこには契約が伴うように。その他にも、住居や商品購入などさまざまな契約に関し、その選択をサポートし、トラブルを回避するために、成年後見事業を開始。親なき後も…というご家族の想いに応えます。

「NPO法人こうけんひまわり」法人認可

2011多機能事業所グランひまわり開所

地域の反対がある中で開所した児島自立支援センターも、開所5周年を迎え、地域の方々にも少しずつ受け入れられてきた頃。さらに地域密着型拠点を広げていきたい。その想いから玉島エリアにグランひまわり(現:P.P.P.プラットフォーム!玉島)を開所しました。

多機能事業所グランひまわり開所

FourthPeriod (2012-2017) 生まれてから最後の時まで、ずっと寄り添う存在に

親なき後も自分らしく自立して生きていけるように…その願いから生まれた法人も、設立から30年以上経ち、新しい世代のご家族も増えてきました。また設立当時からの利用者の方も年齢を重ね、「自分らしい人生のゴール」を考える機会も多くなっています。障がいのある子どもたちが、将来自分の力で自分の人生を歩んでいけるように。そして、最後の瞬間まで自分らしく生きていけるように。人生の全てに寄り添える体制づくりが、ここから始まります。

2012児童発達支援事業所
ふわっとひまわり オープン

親なき後も自分らしく自立して生きていけるように…その想いは、若い世代のご家族も同じ。そこで地域に根差した支援を行うため、玉島エリアにふわっとひまわり(現:P.P.P.ヒマワリ!玉島)を開所。児童支援事業を本格的にスタートします。

児童発達支援事業所ふわっとひまわり オープン

2013児童発達支援センター
ココひまわり 開所

子どもの発達・成長に悩んでいるご家族は、倉敷市内にたくさんいる…その方たちの悩みに応えたい。発達支援だけでなく、地域の拠り所として、相談支援なども行えるよう、児童発達支援センターを開所。現在のP.P.P.ヒマワリ!児島につながっています。

児童発達支援センターココひまわり 開所

2015デイサービス(通所介護)
ココひまわりデイサービスセンター開所

法人設立当初からの利用者の方も、年齢を重ねていく中、親なき後も自分らしく生きていけるようにという想いの集大成となる高齢者介護支援に本格的に取り組む必要がある。そこで通所介護事業所を開所。現在のP.P.P.ブラヴィッシモ!味野が誕生しました。

通所型デイサービス事業所ココひまわりデイサービスセンター開所

2016新たな理念・
ミッション・バリューの完成

設立から36年が経ち、若い世代の職員やご家族が増える中、設立当初のご家族の想いを知る人が少なくなってしまった現実に直面した私たち。その想いを大切につないでいくために、まずは職員にその想いを浸透させるべく、新たな方針をつくりました。

新たな理念・ミッション・バリューの完成

2017地域密着型特別養護老人ホーム
P.P.P.ブラヴィッシモ!通生開所

最後の時まで自分らしく…その選択肢を広げるためには、シニア世代の「暮らしの場所」をつくる必要がありました。そこで誕生したのがP.P.P.ブラヴィッシモ!通生です。この施設が誕生したことで、全ての世代の方にアプローチできる体制が整いました。

特別養護老人ホームP.P.P.ブラヴィッシモ!通生開所

FifthPeriod (2017-)関わる全ての人の、当事者参加をめざして

障がいのある方たちが、自分らしく暮らせるように…その想いに応えるためにサービスや施設などの環境を整えてきた私たち。しかし、一方で本当の意味での「自分らしさ」とはなにかを考えた時に、安全・安心な環境は提供できていても、彼らの自由を奪う区別や制約がなくなっているわけではありませんでした。今まで私たち職員やご家族、地域、そして利用者の方が「これは当たり前」「しかたない」と思っていた常識に、もう一度当事者として向き合うことで、本当の意味での自由を実現する…それがこれからのビジョン。

2017社会福祉法人ひまわりの会から
社会福祉法人P.P.P.に法人名変更

設立当初のご家族の想いを、今の若い世代の人たちにつなげたい…そう考えたときに、この想いをもう一度私たちが胸に刻み、再スタートを切る必要がある。そこで11月「関わる全ての人の当事者参加を原動力に」という想いを込め、法人名を変更しました。

社会福祉法人ひまわりの会から社会福祉法人P.P.P.に法人名変更